【回顧録③】20代最後の日、“真の絶頂”を知りにいく-中編-

お待たせいたしました。ようやく施術に入ります。

施術「馴らし」

 施術師Wはまず、わたくしにベッドにうつ伏せになるよう指示しました。この時すでにわたくしは裸となっておりましたが、Wの誘導は非常に優雅なものでした。わたくしが体勢を整えるまで、Wは決してわたくしの身体を見ないようバスタオルで幕を張り、体勢が整ったと思ったら間をおかず、そのバスタオルをわたくしの身体に舞いかけました。大抵の女性が、恋人でもない男性に身体を見られることをひどく嫌うことを熟知しているのでしょう。ただでさえ緊張で所在ないわたくしにとって、確実性の高い、いかにもプロフェッショナルな彼の所作は大きな安堵をもたらしました。

「では、触れていきます。」

 アロマオイルで温められた、Wの硬く大きな手のひらが、わたくしの首筋を頭の付け根から撫でました。背骨をなぞり、その手の、地熱を帯びた一枚岩のような分厚い感触をわたくしに馴らしていくように、ぐっと臀部にかけて指を押し込んでゆきます。その動きに連動して、わたくしの呼吸はだんだんと深く、柔らかく繰り返されます。坐骨まで指圧が終われば、指が辿ってきた背骨の道を戻る。そうやって何度か行き来し、次は肩、次は足、手、と、全身を余すことなく汲み上げるように、彼は手を与えていきました。
 他者に身体を触られるというのは、相手に全幅の信頼を寄せている限りはとても心地よいもので、こんなにも誰かに身体を委ねること自体がずいぶん久しぶりのことだったと、ふと自己を振り返る余裕が出てきた頃。内ももを伝う手が鼠蹊部へと移行し、大陰唇やクリトリスに触れるか触れぬかのラインを通過し始めました。それに伴いわたくしの身体は、肩でも腰でも背中でもなく、もっと触れてほしいその場所までもが呼吸するように疼きはじめました。

 わたくしの身体は、もうすっかりWの手の信奉者でした。だからこそ、信じた相手に裏切られながらも、その裏切りに身を委ねてしまう堕落の場面を架空に描き出すことができました。何度もオカズにしてきたその場を、今ここに再現できるのです。これほどわたくしを昂らせるものはありませんでした。しかしWの手は、わたくしが触れてほしいことを見越した上でしょう、なかなか決定的にはさわりません。それなのに、彼の肌表面にはひっつき虫のような微細な棘でも仕込まれているのかと疑うほど、あるいは反対にわたくしの肌が彼にひっつこうと躍起になっているのか、電流のように刺激します。
 その焦らしが何度も何度も、数えきれないほどに繰り返されるので、わたくしはだんだんと我慢を隠すことができなくなり、呼吸をますます大きく、荒くするしかありませんでした。本当に、それがわたくしにとっての精一杯だったのです。もっと、もっと触れてほしい場所がある。

 声を我慢するつもりは無くとも、わざと出すことはない。始めはそう飽くまでも自然体でいようと努めたわたくしも、どんなにねだっても応えてくれないその手に、今度は吐息のままに声帯を鳴らすようになりました。うー、あー、と文字にするものの実際は明確な母音を持たない、哀れな呻き声でした。
 やがてその声が部屋も自分の頭の中をも埋め尽くし、我を忘れるようになりました。恥も外聞もない、畜生道はここにあったか。その時のわたくしなら、快楽のためにどんな悍ましい行為を命じられたとしても、迷いなく実行したでしょう。

「良いですね、声、我慢しないでくださいね」

 Wの声がした瞬間、触れて欲しくてしょうがなかった陰唇の上を、ゴロンッと何か分厚い肉片のようなものが転がりました。それまでの埒のあかない愛撫とは全く別の感触でした。なまあたたかい弾力ある肉片が、異様に滑り良く、ゴロン、ゴロン、と転がるのです。突然の異質な感触にわたくしは「ああ、やっと」という喜びを隠せませんでした。声はさらに甲高く、より強情になっていきます。

施術「中」

「では中に挿入していきます。呼吸をやめないでくださいね」
 身体を仰向けに返し、わたくしのまぶたが開くよりも早く、視界はタオルで覆われました。呼吸。呼吸。ただ寝そべっているだけなのに、わたくしの心臓は早く、口は渇きと湿潤を繰り返します。

 中に挿入すると言っていたのに、一向に何かが入ってくる気配がありません。彼の方でなにか準備でもしているのかと予想したその瞬間、腹の中から鋭い稲妻のような知覚が走りました。針金で歯をこそがれるような、神経をはじく刺激です。

「ここがポルチオです」

 わたくしの身体反応を読み取ってか、Wはそう教えてくれました。わたくしはもう、あまりのことに危うく前後左右不覚に陥るところでした(もう陥っていたのかもしれませんが)。だって、何を挿られた感覚も無かったのです
 また、外から何か触られている感覚も同様に無いのです。だのに腹の中から神経を直接つまびくような刺激がビンビンと響いてくるのです。一体全体、どういうことなのでしょう。タオルの隙間からかろうじて目をやると、確かに彼の手はわたくしの股間にあり、薄い手袋をして指を挿れています。「ああ衛生面も細かく対処されている」などと思う余裕もなく、訳が分かったような分からないような。一体いつ、どうやってこの指はわたくしの中に進入したのか。
 そんなわたくしの困惑を知る由もなく、Wはポルチオへの刺激を続けます。刺激は子宮から坐骨を通り、背骨をかけ抜け、後頭部をくすぐり脳の頂点へとバチン接続されるようです。
 バチン、バチンと、Wが手を動かすたびに(おそらく動かしているのでしょう)その接続は行われ、絶頂に向けて声はますます大きく長く、生命を絞り出すような絶叫へと変わります。

「あぁ!ああ!あああ!

あああああ

ああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああ」

 布施明並みのロングトーンだったと自負します。

「呼吸やめないで、呼吸」

 わたくしの絶叫を超えて、人間然としたWの声が助産婦の激励のように聞こえてきます。少女の頃、部活動で走った田舎の田園風景と、仲間の掛け声、コーチの声が、走馬灯のように脳裏をよぎりました。通常ならば冷や水をかけられたように萎えてしまうこの気づきも、一瞬のうちに沸騰、蒸発してしまいます。妄想やムードなどといった脆弱なイメージでさえ軽々と押しつぶす現実の快楽刺激に、わたくしは狂わんばかりでした。

 しかし、これ以上ないほどの快感を延々と感じながら、放尿さえも厭わない状態にも関わらず、何か決定的な、まさに頂上から飛び降りる最後の1歩が、どうしても踏み出せずにいました。それが何によってできないのか、また得られないのかが分からずに、絶叫は虚空に響きわたります。イケることはもう明白に見えているのに、何かが足りないのです。

 どれだけ時間が経ったのかはわかりません。中で決定的な「イク」ができないわたくしにWは1つ区切りをつけ、次の施術へと移りました。

Williem Wisten “Jar with Cotton grass”

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